今日はいよいよ今回の旅行のハイライト。世界遺産のアンコール遺跡です。
アンコール遺跡は、9世紀~13世紀半ばに、この地を治めたアンコール王朝の栄華の跡です。
遺跡群は、東京の23区に匹敵するほどの広さをもつエリアに点在しています。
それだけ、アンコール王朝が栄えていたという証拠なのでしょう。
今の時期は朝日がとっても綺麗に見えるらしいという情報をもらっていたので、絶対に見たかったのです。
5時起きで、アンコールワットへ行ってきました。
まず、入口のゲートで、20ドルで1日券を購入。これがないと、すべての遺跡に入れないのです(それぞれの遺跡の入口にチェックしている人が立っていました)。
このパスチケットには写真が必要なので、ゲートでパシャッと撮ってもらいました。
これをなくしたら、これからの遺跡の観光ができないので、しっかり持ってなくちゃ
ゲートをくぐったら、まっすぐそのままアンコールワットへ。
初めて見る生のアンコールワットを見ながら、だんだんと空が赤くなっていくのを見ていると、なんとも神秘的で、言葉も出ません。
↑の写真は、だんだん赤くなっていく様子。
春分の日が近かったので、ちょうどアンコールワットの遺跡の間から太陽が昇ってきました。これが時期がずれると全然関係ない右の方から出てきたりするそうなので、とてもラッキーでした。
遺跡の周りにあるお堀に綺麗に写る逆さアンコールワットが何とも言えず素敵。
12世紀の人たちも同じ太陽を見て、一日の活力をもらっていたのですね。
そして、当時の人がなぜここにアンコールワットを建てたのか、その意味を考えながら昇ってくる太陽を見ていると、当時と変わらない太陽とアンコール遺跡に、ただただ感動するばかりでした
この幻想的な光景は、一見の価値ありですよ
サンライズが終わったら、いったんホテルに戻り、朝食を食べてから、再びアンコール遺跡群へ向かいます。
朝、アンコールワットへ行く途中にも行列を見かけましたが、途中に1箇所、とにかく女性、子供が行列をなしている場所があるのです。
ここは、無料の子供病院。
朝、暗いうちから小さな赤ちゃんを抱いたお母さんや、子供を連れてきた両親が、病院で見てもらうための順番待ちをしているのでした。
こんなにも、病院に通わないといけない子供がいるのか・・・と思うと、考えさせられますが、いろんな国からの援助があったにしても、政府が無料で治療をしてくれる施設を作ったのは、とても良いことですよね。
そんな風景を見ながら、まずはアンコールトムへ。
象に乗って、ゆっくり揺られながら南大門からアンコールトムの中核バイヨンへ向かいます。
南大門までの通りは、彫像が両脇に並んでいます。この彫像は、ヒンズー神話の世界創造説話「乳海攪拌」からとったモチーフになっています。
残念ながら崩れているところも多く、さらには頭だけが盗まれている彫像が多くありました。(頭は高く売れるのだそうです・・・
)
アンコールトムは、12~13世紀の初め、クメール王国の最盛期の王、ジャヤヴァルマン7世によって建てられた城塞都市です。
「トム」というのは大きいという意味だそうです。
★バイヨン
12世紀後半、ジャヤヴァアルマン7世によって建てられたバイヨン様式。
信仰は大乗仏教。
バイヨンは、メール山(神々が住む神仏降臨の聖地とされる場所)を模したもので、城壁はヒマラヤ、お壕は大洋を表しているそうです。
第一回廊。クメール人の生活の様子が城壁一面にレリーフとして残されています。
トンレサップ湖で魚を獲る漁師や、食事を作る人、賭け事をする人、などなど。本当に1つ1つ見ていくと、信じられないぐらい細かく描かれています。すべての人の動作が違うのに、ビックリ
有名なクメールの微笑み。
アンコールトムの時代はアンコールワットの時代のヒンドゥー教に代わり、大乗仏教が信仰されていました。大乗仏教では、修行者だけでなく、すべての人を救済することを教えとしています。
だから、バイヨンにそびえる四面仏塔は観世音菩薩の顔で、慈悲が世界中に伝わるように四面に顔があるんですって。
この顔を見ていると、やっぱり心が落ち着くのは、慈悲が届いている証拠なのかな。
★バプーオン
1060年、ウダヤーディティヤヴァルマン2世によって建てられたバプーオン様式。
信仰は、ヒンドゥー教。
東塔門から中央祠堂までの200mは、4列に並べられた高さ2mの円柱に支えられた敷石で作られた参道で結ばれています。ちょうど空中を歩くような感覚になれるこの道は、地上と天上の世界を結ぶ虹の架け橋を意味しています。
本当は、3層からなるピラミッド型の寺院でバイヨンよりも高かったそうですが、今は上部が完全に崩れていて、1層と門が残っているだけでした。
★王宮
2重の城壁に囲まれていた王宮は、木造だったため、シャム軍との闘いですっかり消滅してしまい、今は樹木が茂り、王宮の跡形も残っていません。
★ライ王のテラス
12世紀後半、ジャヤヴァルマン7世によって建てられたバイヨン様式。
信仰は、大乗仏教。
ライ王の「ライ」はらい病のライ、つまりハンセン病にかかった王の彫像のレプリカが安置されています(本物はプノンペンの国立博物館にあるそうです)。
この城壁は2重になっていて、高さ6m。これは、やはり病気の王だったからなのかな。
写真が見つからない・・・。
★象のテラス
12世紀後半、ジャヤヴァルマン7世によって建てられたバイヨン様式。
信仰は、大乗仏教。
王宮前の広場に面した長さ350mの長いテラス。外壁には、象の鼻が花を包んでいる彫刻がされていたり、壁一面に象が彫られていたり、とにかく象。象。象。
彫刻の細かさは、これも素晴らしいです。
★ピミャナカス
1000年頃、スーリヤヴァルマン1世によって建てられたクリヤン様式。
信仰は、ヒンドゥー教。
王宮の中心にあるピラミッド型の寺院。王族の儀式の場所で一般人は近づくことが出来なかったらしいです。
本当は、中央祠堂もあったようですが、今は崩壊していて、ピラミッドの一部と回廊のみしかありませんでした。
遺跡のほとんどは、崩壊してしまっていますね
★タプロム
1186年、ジャヤヴァルマン7世によって建てられたバイヨン様式。
信仰は、大乗仏教。
建築当時は、東西1km、南北600mの敷地中央に60個ぐらいの堂塔があって、回廊で縦横に結ばれていたそうですが、今は70%以上が倒壊してしまいました。
この寺院の建物には、大きな樹木の根っこが建物にのしかかって、本当に大蛇みたいです。
根っこの強さ、自然の猛威を考えると、ちょっと恐ろしいです。
←倒壊してしまった建物。これがほとんどでした。
←根っこが入り込んで今まさに遺跡が崩れかけている途中。
いったんホテル近くまで戻り、近くのレストランでランチ
暑い中、歩きまわっていたので、冷たい飲み物とご飯がすっごく美味しい
少し休んでから、今度はアンコールワットへ。
12世紀半ば、スーリヤヴァルマン2世によって建てられたアンコールワット様式。
信仰は、ヒンドゥー教。
←入口脇の7つの蛇の頭を持つナーガ。蛇神です。
←銃弾の後。生々しく残されていました。
●第一回廊
アンコールワットは盛土の上に回廊が3層あります。
第一回廊は、レリーフがずらーっと並んでいて、見ていて飽きません。
南には「天国と地獄」、東南には「乳海攪拌」、南西には「マハーバーラタ」、北西には「ラーマーヤナ」、などとにかく逸話や物語が細かく描かれています。
これもバイヨンの回廊と同様、1つ1つ顔も表情も動作も違って、時間があればじーっくり見たかったです。とっても面白い
●第二回廊
2階にあがると、壁のレリーフはなく、仏像があります。
日本人が書いたという墨書が残されていたり、当時の文字で王様が何かを記したものがそのまま残されています。
←第三回廊は工事中で入れなかったけど、階段がすごい。。。
ホーチミンに比べて、格段にのんびりしているカンボジア。人々も親切で、胸をはってカンボジアの宝について語る姿は、とても素敵だなと思いました。
とにかく、私がこの遺跡の中にいることが、本当に信じられない思いでいっぱいでした。
そんな遺跡をあとにして、今日の夜はハノイへ移動です。
ハノイの空港・・・最悪ぅぅぅぅぅ
ベトナムは社会主義国なので、勤務時間中に何人処理しようとも関係なしのイミグレの審査官が、本当にちんたらちんたらと休憩しながら1人1人チェックしていました。
途中、私たちの並んでいるラインとは別のところの審査官が、「僕は時間だから」とまだそこには沢山の人が並んでいるのに、勝手にCLOSEしていたし・・・。
普段はあまり怒らないオットーさんまでもが、イラッとしているのが分かったぐらいひどい。
カンボジアの愛想の良いイミグレ審査官と楽しくおしゃべりした後だっただけに、余計にそう感じたのかもしれません。
街の中は、ホーチミンよりも少しおしゃれな気がします。ほこりっぽさも若干少ないかな。
でも、活気はホーチミンの方がエネルギーに満ち溢れていたな。
それにしても、ハノイはベトナムの北の方にあるため、夜は寒いです・・・。
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